時刻は18時。ハンガリー通貨は念のため現地の名の知れた銀行で引き出した。昼から何も食べておらず、とにかく腹が減っていたので何でもいいから食べたかったのだが、性格上何でも良くはなく、ハンガリー初日なのでハンガリー料理のレストランを探す。あちこち歩くが、入り易そうな庶民的なレストランは客が多くて予約がいっぱいで入れなかった。うろうろ歩きながら結局、初日の夜から庶民的ではない星付きのレストランに入ってしまった、Tシャツの恰好で。本当は落ち着いてから来たい店だったのだがしょうがない、性格上と生活上。
扉を開けて一人と伝えると、スタッフは「一人、アジア人男、ummm…」と一瞬そんな表情になったが、「OK,Here!」とカウンター的なサイドにあるテーブルに通された。落ち着いた、しかしデザインされたインテリアに囲まれた静かな店内なのだが、自分のテーブルの担当は全くそんな落ち着いた気配はなく「飲むんだろ?これとこれがハンガリアンワインで、」とテンション高めに説明してきた。1日移動してきてやっと落ち着いたので、ハンガリーの白ワインを飲む。美味い。辛口で美味すぎる。そしてパンを出されたのだが、このパンが柔らかくてほんのり甘味があって白ワインとパンを摘まむ最高の夕食のスタートになった、一人でだが、性格上とこれも生活上で。
星付きのレストランなので(店名はTextura)、メニューをしっかりと和訳しながら読んでいると、またスタッフの兄ちゃんがやって来て、親切というかかなりノリに乗っていてペラペラ説明してくるのだが、その会話のスピードで料理の説明を一気にされると、なんだかよく分からなくなり、そうなると、こっちも質問を返して、会話に取り留めがなくなってしまった、分からなければ適当に注文してしまったりもするが、思わず質問してしまうのが自分だったりしてしまう、性格上。大体、Tシャツで来るなんて蕎麦屋に入るレベルか、相当舌の肥えた常連客くらいかもしれない。ということで、自分は蕎麦屋に入る気持ちでこれからもレストランへ通おうということを決心した。
とりあえず、この営業じみた兄ちゃんに、「ハンガリーはフォアグラだよね?フォアグラ食べたいんだけど。」って話したが、どうやらフォアグラはないらしく、レバーのパテを食べてみろというので、それを注文してみた。メニューにはPoultry liver pate,blackberry crispと書いてあり、なんとも洒落たものが出てきそうな雰囲気だ。メインはどうするんだ?と聞かれ、説明が一生懸命過ぎてついていけないので、「また食べたら注文する」と伝えた。
そうしていると洒落たものが出てきた。葡萄酒色の楕円のボールが盛り付けられている。これ絶対に美味いだろうと、食べると外は甘いブラックベリーで中にレバーのパテ、赤ワインを注文した。兄ちゃんは「ボトルいくだろ?」と言ってきてもう大分打ち解けてきているが、グラスにしてもらい、前菜のブラックベリーのパテを摘まむ。やや甘めなので、この量の半分でもよいが、腹が減っていたのですぐ食べ終える。さすが星付きと感心したので、メニューをじっと眺める。メインは、ローストチキンかポークかビーフ、サメ?、ニョッキとあるので、ローストチキンに決めた。セルビアで豚肉も牛肉も荒っぽいのを食べてきたので、ローストチキンならブダペスト的な品の良い料理が出るだろうと思ったら、本当に出てきた。欧州に着いてから一番の盛り付けの肉料理で、チキンが柔らかい。柔らかすぎてパテのように感じるがチキンだ、フワフワしている。なんでか別皿にマッシュルームとチーズのアヒージョがあり、これも摘まみとして最高の料理だった。一日腹を空かしてセルビアからバスで国境を8時間かけて移動して、歩いて歩いて、やっとたどり着いたレストランでローストチキンとワインを飲むこの最高の瞬間は誰にも分からないだろう、そりゃ分かんないよね、誰もやらないから。と浸りながら一人で食べて呑んでたら、このデザートはサービスだからと、ドン!と彫刻めいたガラス細工にスイーツというかお菓子が置かれており、まぁ食べると結構甘い、この辺りの人が好きであろうかのお菓子だった。ちなみにスタッフの兄ちゃんは自分の席では陽気だが、目の前の他のテーブル席に行くと落ち着いた接客に変わり、まったくの別人であったのだが、そういう姿勢を見ているとさすがと少し尊敬してしまう。
レストランを出て、ちょうどいい気温の秋の夜の繁華街を練り歩く。もうワインを3杯程飲んだので、ほろ酔いで歩いていると、テラス席が群がる遊歩道を見つけ、僕は良い気分に酔っている人々を眺めていた。